2007年01月14日

今日の学びー33

他人に「自分と同じ生き方」を強要しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 自分の気持ちはおさえて、あなたの愛する人がありのままでいられるようにつとめなさい。愛する人を縛りつけないようにすればするほど、あなたは愛する人に近づくことができるのだ。好きな人といっしょに、ふたりのちがいをあげてごらんなさい。あれこれ教えてあげないで、相手が間違うのをただほうっておきなさい。そして相手に批判的になることなく、誠意を持って応えなさい。
 たのまれたら助けてあげなさい。心の支えがほしいと言われたら、助言してあげなさい。あなたから見るとばかばかしいことや、嫌なことがあっても、うろたえてはいけない。あなただって、これまでまちがったのだということを思いだしなさい。けれども、どんな人にもあなたと同じ生き方をするよう期待してはいけない。これこそが超然と生きることの真髄である。
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2007年01月13日

今日の学びー32

相手をちょっと“立てる”だけで自分が数倍大きくなる


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 心のなかであれこれ批判するのはよしなさい。それよりは、むしろ流れに身をまかせて生きなさい。そしてどんなことに出会っても、それに対して新しいものの見方をするよう心がけなさい。たとえば、前の車の走りかたが悪いとあれこれ批判するよりも、思いやりをもって、今あなたが経験していることは、そういうふうに予定されていたことなのだと考えるようにしなさい。「のろのろ運転している人が悪いのだ」、「頭にくるのは当然だ」というような考え方を捨て、どんな場合でも対応できるように時間をたっぷり見ておきなさい。
 自分の考え方に固執しないで、人それぞれの生き方や考え方を認めてあげなさい。どんなことにもこだわらず生きていると、あなたはたとえ嫌なことを見たり聞いたりしたとしても穏やかな気持ちでいることができる。




相手より一段高い位置においてものを見れば腹は立たない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 競争しないで助け合うようにしなさい。誰とでも競り合おうとしないで、他人を大きな視野に立ってみるようにしなさい。他人を同じ人類の仲間なのだと思いなさい。自分が完全だと思いたいがために相手に勝たなければならないなら、あなたの人生は相手にコントロールされているのだということを覚えておきなさい。
 もし競争したいのなら、運動でも仕事でも競争すればよい。ただし、それと同時に、その結果にこだわらないで助けあうようにしなさい。このウォーミングアップのプロセスが、こだわりのない生き方を実践することなのである。
 競い合っている最中も、ひとつひとつの動きを楽しく生き生きとしたものにしなさい。もしあなたが結果だけを気にしているとしたら、勝ちたいという執着が逆にあなたの足を引っ張ることになるのだ。こだわりのない人生を送ることとは、あなたが敵をも含めたすべての人と助け合うことである。
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2007年01月12日

今日の学びー31

勝ち負けに執着しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉
 
 私たちの文化において勝負、競争に勝つことは中毒のようなものだ。ところが、勝つことに執着しているかぎり、私たちは苦しみから逃れることはできない。といって、くりかえすようだが、わたしはけっして勝つことに反対しているのではない。とくにスポーツをしているとき、私だってやはり勝ちたいと思う。
 もし私たちが競い合って、相手が得点をして「勝った」としたら、それは私たちの負けなのだろうか。それは違う。けっして私たちの負けではない。私たちが出かけていって試合をしたというだけのことなのだ。これが理解できれば、私たちは相手に「おめでとう」と言って、まるで自分が勝ったような気持ちを相手に抱くことが楽にできる。勝利に執着するがために、たくさんの人が敗北感を味わうのだ。
 負けたときどうゆう態度をとるかを見れば、その人の性格がよくわかるものだ。わたしたちはいつも勝つわけではない。だから勝つことに執着すればするほど、敗北感を味わうことが多くなるのである。
 勝ち負けは判定である。判定とは、しょせん人の決めたルールの結果だと考えたら、勝つことに執着しないで試合ができる。私たちはそれでも試合を楽しみ、技を磨き、勝負を競うことができるのである。
 どんな試合であろうと、試合中、勝敗にこだわらなければこだわらないほど、勝ち目がある。つまり、勝ち負けにこだわらないほど、勝つチャンスに恵まれるのである。だから、試合に勝ちたいと思ったら、弓道の本のような勝負の精神面を扱った本を読むとよい。
 勝とう勝とうとするのはやめなさい。自然体でいなさい。心と体の調和を保ち、楽しみながら試合をしなさい。そうすると、ゆとりのある態度のおかげで今までよりずっとうまくなるだろう。
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2007年01月11日

今日の学び−30

外見に執着しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 年をとるにつれてからだは老化していく。だから、もしあなたが自分を目に見えるだけの存在だと信じているのなら、あなたはこれから苦しみに満ちた人生をむかえることになる。若さをたもとうと執着すればするほど、視力の衰え、シワ、抜け毛など、からだの変化の表す兆候すべてに苦しむようになるのである。こんなふうに目に見えるものだけに執着すると、無理をする生き方となり、自分の進むべき道、生きるべき運命から足を踏みはずす恐れが出てくる。
 目に見える世界を満ちたりたものにしようとするならば、見かけばかりに心をうばわれることになる。それはあなたを包んでいるパッケージに執着することであり、からだはあなたの仮の宿にしかすぎないという認識を持てなくなることである。
 私は外見に執着しなくなってから、かえって以前よりからだに気を配るようになった。健康的な体重を維持しているし、十分な運動を行い、たっぷり休養をとって,からだの毒になるような食品はとらないように気をつけている。いまでは、だんだん年をとってくる自分のからだを見ても、私という存在が衰えているとは思わない。
 私は自分のからだに以前ほど執着を持たないから、どんな病気になっても驚かない。それどころか、自分のからだに必要以上に執着しなくなってからというもの、私はかえって病気にかからなくなったのである。
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2007年01月10日

今日の学び−29

人に執着しないようにすること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 人に対する執着は非常に断ち切りがたいものだ。この執着を克服するまでには、あなたはずいぶん苦しい思いをするだろう。誰かを愛し、尊敬し、その人との関係を大切に思うことがよくないと言っているのではない。こうしたことは、人生の無条件の愛の関係から生じるプラスの結果である。
 私はそういうことを執着といっているのではない。人を自分のものにしたいと思ったり、自分のものにする必要性を感じたりすること、そして、その人があなたの好きなようにしてくれないとひどく不快になることを、私は執着といっているのだ。執着を持つと、あなたは自分という存在を他人にコントロールされることになり、苦しい思いをすることになる。
 ところがいったんこだわりを捨てた生き方をするならば、あらゆる人間関係は、ずっと満足のいくものになる。つまり、それは、たとえ人が自分と違う選択をしたしても、その人を非難したりしないで、その人がどんな選択をしても受け入れられるほど大きな愛を持つということなのだ。こだわりから解放された生き方とは、他の人があなたの期待にこたえない場合でも、うろたえない自信をあなた自身が持つということなのである。
 恋人や配偶者に対してこだわりのない態度をとるということは、あなた自身のことさえ忘れるほど相手を愛することであり、はじめにあなたが相手の人を受け入れ、好きになったときのまま、相手を愛することなのである。
 家族に対してこだわりのない態度をとるということは家族が自由な選択ができるように距離をおくことである。そして、それは他人の生き方に左右されないよう自分に自信を持つことなのだ。それは、あなたの価値基準はひとまず横において、そのかわりに家族のありのままの声に耳を傾けることが必要でる。たずねられたら助言をし、何もいわれないときには、ただ無条件の愛を注ぐことが必要である。
 親子関係においては、子供には子供の生き方があるのだから、子供といえどもあなたが決めた方針どおりに人生を歩みやしないのだということを、けっして忘れてはいけない。親子関係でこだわりのない態度をとるということは、子供を指導すること、子供の自立を助けること、そして、子供がどんな行動をとっていても、あなたがいつも子供を無条件に愛しているのだとわからせることなのです。
 人間関係においてこだわりのない態度をとるということは、人に気を使わないということではない。気をつかうからこそ、あなたは他人を決めつけないのだし、愛情を持ってつきあうよう、配慮できるのである。こういう意味でこだわりのない態度をとっている人は、人間関係でたいていの人たちが味わう苦しみを避けることができるのである。
 執着には、私があなたを愛するには、あなたがなんとかして私を喜ばせなければならないというような含みがどことなくある。あなたの好きな人が自由に生きるのを認め、その人がどんな選択をしようとも、その選択をした人をあなたが愛するとしたら、あなたは超然とした生き方を身につけたと言えるだろう。
 こういうレベルに達すると、あなたは他人、とくに親しい人を干渉したいとか支配したいと思わなくなるし、その必要を感じなくなる。逆に、干渉しようとか支配しようとは思わなくなればなるほど、親しみが湧くものだ。執着をしないで生きると、実際に人間関係を親密にし、愛情を深めるのに役だつ。あなたは人間関係であれこれ苦労しなくなる。というのも、他人を無条件に愛すると、たとえその人があなたを捨てたとしても、あなたの愛情は変わらないのだから。
 人は執着しないようにすると、愛の真理にふれることができる。
 「愛は与えるもので、うばうものではない!」
 これこそは、あらゆる人間関係における、こだわりのない生き方の本質なのである。
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2007年01月09日

今日の学びー28

ものに対する執着を解き放つ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 西洋人はたいてい自分の成功や失敗を口にするとき、自分の財産をひとつの尺度にする。自分の持ち物を尺度にすると、人間の価値とはどれほど財産があるかで決まるのだと考えるようになる。その結果、生活していくうえで、ものが十分にないと私たちはつらい思いをする。私たちはものの奴隷になってしまっているのだ。
 このような生き方を選ぶと、あなたは絶えず不満な気持ちになる。心の底で、あなたはいつも「自分はつまらない、不完全で価値のない人間だ」と思っている。人から高く評価されたいと思いたいがために、あなたはひっきりなしにものを貯めこまなければすまなくなるのだ。
 「財産がないと私には価値がないのだ」と考えだすと、もっと多くのものを手に入れようとして、際限なくものを追い求めることになる。もっとたくさんのものを手に入れようと頑張っているうちに、やがて、あなたは外面的なもので自分の望みを満たすことはできないのだと気づくだろう。
 ものに対して執着している間は、自分を完成した一個の人間だと考えることができない。ものを貯めこみ、自分自身と他人の貯めこんだものを絶えず見くらべるようになる、あなたの人間らしいまなざしは、出会った人の目と心を見ないで財布と持ち物に注がれる。自分の価値と人間らしさをあなたの外面的なものにおけばおくほど、あなたはものにコントロールされ、ものの奴隷になり、苦しむほかはない状態におちいるのである。
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2007年01月08日

今日の学びー27

こだわりを捨てた生き方をすること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 私たちは目に見えるものに執着する。私は執着という言葉を、あるものにしがみつくこと、つまり、人の目や考え方にがんじがらめになって生きているという意味で使っている。だから執着とは、かたちの世界のものだ。私たちはかたちある世界のものを重視するあまり感情的になり、ものにのめり込んでしまう。そればかりか、ものを持っていなければ、根本的な人間性を失うように感じてしまうのだ。
 けれども、私たちの本質は「ものを考えること」にある、「ものを考える」という世界では、たんに物質的なものにのみ執着することは無意味だということをよく覚えておくとよい。執着していたものを、死んでからもふりかえって見ているありさまを想像してみるがよい。あなたが生きているときに執着していたものがどんなにつまらないか、死んだらわかるだろう。
 同じようにこだわりから解放された生き方ということを考えてみなさい。ものや人に執着せずに、超然とした態度をとりなさい。ほんとのことをいうと、たとえどんなわずかなものでも、たとえどんな人であろうとも、自分のものにすることなどできないのだ。あなたが執着するひとつひとつのものが、自覚に満ちた生き方をするためのさまたげになり、個人の幸福や成功の濃度を薄めることになる。ものや人への執着から解放さるるに従い、人生の旅で出会う障害は少なくなる。
 こだわりを捨てた生き方とは、どんな人にもどんなものにも執着する必要がないということであって、ものを持たないということを意味しているわけではない。こだわりを捨てた生き方とは、生き生きとした自由を私たちに与える考え方であり生き方なのである。それはものを必要以上に重要視する生き方から、あなたを完全に自由にするひとつのプロセスである。それはガツガツした生き方ではなく、すべてを自然にまかせた生き方だ。つまり、穏やかにボートを漕いで川を下っていくときの、あのゆったりした気分なのである。
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2007年01月07日

今日に学び−26

豊かさとは、人間が生まれながらに持っている資質なのだ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 つまらない思い込みのせいで、みすみす人生の豊かさをのがしてしまってる人も多い。豊かさとは、ものを持つこと、そしてもっと多くのものを得ようと骨を折ることだと思いがちだが、実は、豊かさとは、私たちが永遠であり宇宙が無限であることを理解することなのである。それは独特のものの考え方だ。
 これから述べる小さな魚のエピソードが、私は昔から好きだ。この話は、この章の内容を見事に描きだしているのである。
 「お願いがあるのです。あなたは僕より年上だし、経験も豊富だから、きっと僕を助けてくれると思うんです。大洋というものが、どこにあるのか教えてください。あちこち全部捜したのだけれど見つからないのです」
 「君が泳いでいるのがそれさ」
 と答えた。
 「え、これですか?でも、これはただの水ですよ。僕がずっと捜しているのは、「大洋」というものなのです」
 と小さな魚はひどくがっかりして言った。

 私たちも豊かさのなかに浸っているのである。豊かさを捜しまわる必要はない。あの小さな魚がどんなに遠くまで泳いでいっても、大洋の外に出ることはないのだ。私たちの宇宙が果てしないように、その魚の大洋も果てしなく広がっているのである。
 あなたがどうゆうふうに生きていくかは、あなた自身が決めることだ。豊かさは、あなたがほしいと言えば、タダであなたのものになる。豊かさはごく少数の人たちが手にするものではない。豊かさとは人間が生まれながらに持っている資質なのだ。あなたが波長をあわせさえすれば、豊かさは必ず目の前にやってくるのである。
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2007年01月06日

今日の学びー25

「反対」といわないで「賛成」という言葉で考える


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 否定的な生き方をしないで、積極的に人生を送ろうと決心しなさい。テロや戦争に反対しないで、平和に賛成しなさい。ひとたび平和を支持すると、あなたは平和に考え、平和的に行動するようになる。こういう言い方をすると、まるで言葉のあやのように聞こえるかもしれないけれど、これはほんとうのことなのである。これから述べることは、あなたが自分のものにしたら、生きていくうえできっと役に立つ考え方である。
 どんなことでも「反対」といわないで「賛成」という言葉でかんがえるとよい。麻薬に反対だからといって反対運動に加わったりせずに、子供たちが素晴らしい生き方を通して満足な気分が味わえるように手をさしのべてあげなさい。子供たちが前向きに生きるよう手伝う大人の数がそろえば、麻薬に頼る子供たちの数はずっと減るはずだ。
 会社の方針に反対するかわりに、改善案を支持しなさい。夫が怒鳴り散らすとかひどく酔っ払うからといって非難しないで、優しいところやしらふのときのよいところを認めてあげなさい。賛成するにしても反対するにしても、あらゆることを伸ばすよう手をさしのべてあげなさい。
 今あなたのしている仕事にも、これと同じことがいえる。もしあなたが物事を改善しようとしないで、ただ上司に逆らうだけならば、あなたは嫌な上司のことばかり考えて、嫌だという思いがますますつのっていくだろう。仕事で嫌なことがあって、あなたがそのことばかり考えていたならば、嫌だと思う気持ちがあなたの気持ちの中心を占め、嫌だと思う感情がますますつのっていくだろう。
 愛の精神に従って毎日の生活を送るようにするならば、豊かな人生が戸口で待ちかまえていることに気づくはずだ。
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2007年01月05日

今日の学び−24

あなたの気持ちしだいで、嫌な仕事も楽しい仕事にできる


ウエイン・W・ダイアーの著書の中の言葉

 仕事への姿勢を改めることで、息詰まるような職場を楽しく変えることができる。それはすべて自分がすることだ。あなたが人のためにもっとつくすことで、職場が楽しくなるかもしれない。そうすることで自分自身も満足感を味わう場合が多い。あなたが木を切り水を運ぶ仕事を、楽しい仕事にも嫌な仕事にもできるのだ。すべてはみんな自分しだいなのである。
 仕事や生活環境が退屈で、マンネリ化していて、嫌だ嫌だとどんなに思っていても、その事実はあなたの心にある考え方に他ならない。あなたが今している仕事を行い、その仕事に喜びをもたらし、やりとげられる人が、この世の中には必ずいるのだ。
 美しい中国人女性が毎週我が家の掃除に来てくれる。彼女を見ていると、この教訓の意味がほんとうによくわかる。彼女は人の嫌がる雑用をニコニコしながらこなしている。彼女は仕事の手を休めて子供たちの相手をしたり、中国のちょっとしたものを子供たちのおみやげに持ってきてくれたりして、我が家に仕事を喜々としてやっているのだ。私たちにとって、彼女は、とても貴重な存在である。
 私は彼女を見るたびに、同じように他人の家の掃除をしても心の持ちようで、楽しみにもなれば、惨めな気持ちにもなるのだということを教えられる。気持ちが滅入るには、仕事に原因があるのではなく、人間の方に原因があるにである。
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