2007年01月14日

今日の学びー33

他人に「自分と同じ生き方」を強要しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 自分の気持ちはおさえて、あなたの愛する人がありのままでいられるようにつとめなさい。愛する人を縛りつけないようにすればするほど、あなたは愛する人に近づくことができるのだ。好きな人といっしょに、ふたりのちがいをあげてごらんなさい。あれこれ教えてあげないで、相手が間違うのをただほうっておきなさい。そして相手に批判的になることなく、誠意を持って応えなさい。
 たのまれたら助けてあげなさい。心の支えがほしいと言われたら、助言してあげなさい。あなたから見るとばかばかしいことや、嫌なことがあっても、うろたえてはいけない。あなただって、これまでまちがったのだということを思いだしなさい。けれども、どんな人にもあなたと同じ生き方をするよう期待してはいけない。これこそが超然と生きることの真髄である。
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2007年01月13日

今日の学びー32

相手をちょっと“立てる”だけで自分が数倍大きくなる


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 心のなかであれこれ批判するのはよしなさい。それよりは、むしろ流れに身をまかせて生きなさい。そしてどんなことに出会っても、それに対して新しいものの見方をするよう心がけなさい。たとえば、前の車の走りかたが悪いとあれこれ批判するよりも、思いやりをもって、今あなたが経験していることは、そういうふうに予定されていたことなのだと考えるようにしなさい。「のろのろ運転している人が悪いのだ」、「頭にくるのは当然だ」というような考え方を捨て、どんな場合でも対応できるように時間をたっぷり見ておきなさい。
 自分の考え方に固執しないで、人それぞれの生き方や考え方を認めてあげなさい。どんなことにもこだわらず生きていると、あなたはたとえ嫌なことを見たり聞いたりしたとしても穏やかな気持ちでいることができる。




相手より一段高い位置においてものを見れば腹は立たない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 競争しないで助け合うようにしなさい。誰とでも競り合おうとしないで、他人を大きな視野に立ってみるようにしなさい。他人を同じ人類の仲間なのだと思いなさい。自分が完全だと思いたいがために相手に勝たなければならないなら、あなたの人生は相手にコントロールされているのだということを覚えておきなさい。
 もし競争したいのなら、運動でも仕事でも競争すればよい。ただし、それと同時に、その結果にこだわらないで助けあうようにしなさい。このウォーミングアップのプロセスが、こだわりのない生き方を実践することなのである。
 競い合っている最中も、ひとつひとつの動きを楽しく生き生きとしたものにしなさい。もしあなたが結果だけを気にしているとしたら、勝ちたいという執着が逆にあなたの足を引っ張ることになるのだ。こだわりのない人生を送ることとは、あなたが敵をも含めたすべての人と助け合うことである。
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2007年01月12日

今日の学びー31

勝ち負けに執着しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉
 
 私たちの文化において勝負、競争に勝つことは中毒のようなものだ。ところが、勝つことに執着しているかぎり、私たちは苦しみから逃れることはできない。といって、くりかえすようだが、わたしはけっして勝つことに反対しているのではない。とくにスポーツをしているとき、私だってやはり勝ちたいと思う。
 もし私たちが競い合って、相手が得点をして「勝った」としたら、それは私たちの負けなのだろうか。それは違う。けっして私たちの負けではない。私たちが出かけていって試合をしたというだけのことなのだ。これが理解できれば、私たちは相手に「おめでとう」と言って、まるで自分が勝ったような気持ちを相手に抱くことが楽にできる。勝利に執着するがために、たくさんの人が敗北感を味わうのだ。
 負けたときどうゆう態度をとるかを見れば、その人の性格がよくわかるものだ。わたしたちはいつも勝つわけではない。だから勝つことに執着すればするほど、敗北感を味わうことが多くなるのである。
 勝ち負けは判定である。判定とは、しょせん人の決めたルールの結果だと考えたら、勝つことに執着しないで試合ができる。私たちはそれでも試合を楽しみ、技を磨き、勝負を競うことができるのである。
 どんな試合であろうと、試合中、勝敗にこだわらなければこだわらないほど、勝ち目がある。つまり、勝ち負けにこだわらないほど、勝つチャンスに恵まれるのである。だから、試合に勝ちたいと思ったら、弓道の本のような勝負の精神面を扱った本を読むとよい。
 勝とう勝とうとするのはやめなさい。自然体でいなさい。心と体の調和を保ち、楽しみながら試合をしなさい。そうすると、ゆとりのある態度のおかげで今までよりずっとうまくなるだろう。
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2007年01月11日

今日の学び−30

外見に執着しない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 年をとるにつれてからだは老化していく。だから、もしあなたが自分を目に見えるだけの存在だと信じているのなら、あなたはこれから苦しみに満ちた人生をむかえることになる。若さをたもとうと執着すればするほど、視力の衰え、シワ、抜け毛など、からだの変化の表す兆候すべてに苦しむようになるのである。こんなふうに目に見えるものだけに執着すると、無理をする生き方となり、自分の進むべき道、生きるべき運命から足を踏みはずす恐れが出てくる。
 目に見える世界を満ちたりたものにしようとするならば、見かけばかりに心をうばわれることになる。それはあなたを包んでいるパッケージに執着することであり、からだはあなたの仮の宿にしかすぎないという認識を持てなくなることである。
 私は外見に執着しなくなってから、かえって以前よりからだに気を配るようになった。健康的な体重を維持しているし、十分な運動を行い、たっぷり休養をとって,からだの毒になるような食品はとらないように気をつけている。いまでは、だんだん年をとってくる自分のからだを見ても、私という存在が衰えているとは思わない。
 私は自分のからだに以前ほど執着を持たないから、どんな病気になっても驚かない。それどころか、自分のからだに必要以上に執着しなくなってからというもの、私はかえって病気にかからなくなったのである。
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2007年01月10日

今日の学び−29

人に執着しないようにすること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 人に対する執着は非常に断ち切りがたいものだ。この執着を克服するまでには、あなたはずいぶん苦しい思いをするだろう。誰かを愛し、尊敬し、その人との関係を大切に思うことがよくないと言っているのではない。こうしたことは、人生の無条件の愛の関係から生じるプラスの結果である。
 私はそういうことを執着といっているのではない。人を自分のものにしたいと思ったり、自分のものにする必要性を感じたりすること、そして、その人があなたの好きなようにしてくれないとひどく不快になることを、私は執着といっているのだ。執着を持つと、あなたは自分という存在を他人にコントロールされることになり、苦しい思いをすることになる。
 ところがいったんこだわりを捨てた生き方をするならば、あらゆる人間関係は、ずっと満足のいくものになる。つまり、それは、たとえ人が自分と違う選択をしたしても、その人を非難したりしないで、その人がどんな選択をしても受け入れられるほど大きな愛を持つということなのだ。こだわりから解放された生き方とは、他の人があなたの期待にこたえない場合でも、うろたえない自信をあなた自身が持つということなのである。
 恋人や配偶者に対してこだわりのない態度をとるということは、あなた自身のことさえ忘れるほど相手を愛することであり、はじめにあなたが相手の人を受け入れ、好きになったときのまま、相手を愛することなのである。
 家族に対してこだわりのない態度をとるということは家族が自由な選択ができるように距離をおくことである。そして、それは他人の生き方に左右されないよう自分に自信を持つことなのだ。それは、あなたの価値基準はひとまず横において、そのかわりに家族のありのままの声に耳を傾けることが必要でる。たずねられたら助言をし、何もいわれないときには、ただ無条件の愛を注ぐことが必要である。
 親子関係においては、子供には子供の生き方があるのだから、子供といえどもあなたが決めた方針どおりに人生を歩みやしないのだということを、けっして忘れてはいけない。親子関係でこだわりのない態度をとるということは、子供を指導すること、子供の自立を助けること、そして、子供がどんな行動をとっていても、あなたがいつも子供を無条件に愛しているのだとわからせることなのです。
 人間関係においてこだわりのない態度をとるということは、人に気を使わないということではない。気をつかうからこそ、あなたは他人を決めつけないのだし、愛情を持ってつきあうよう、配慮できるのである。こういう意味でこだわりのない態度をとっている人は、人間関係でたいていの人たちが味わう苦しみを避けることができるのである。
 執着には、私があなたを愛するには、あなたがなんとかして私を喜ばせなければならないというような含みがどことなくある。あなたの好きな人が自由に生きるのを認め、その人がどんな選択をしようとも、その選択をした人をあなたが愛するとしたら、あなたは超然とした生き方を身につけたと言えるだろう。
 こういうレベルに達すると、あなたは他人、とくに親しい人を干渉したいとか支配したいと思わなくなるし、その必要を感じなくなる。逆に、干渉しようとか支配しようとは思わなくなればなるほど、親しみが湧くものだ。執着をしないで生きると、実際に人間関係を親密にし、愛情を深めるのに役だつ。あなたは人間関係であれこれ苦労しなくなる。というのも、他人を無条件に愛すると、たとえその人があなたを捨てたとしても、あなたの愛情は変わらないのだから。
 人は執着しないようにすると、愛の真理にふれることができる。
 「愛は与えるもので、うばうものではない!」
 これこそは、あらゆる人間関係における、こだわりのない生き方の本質なのである。
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2007年01月09日

今日の学びー28

ものに対する執着を解き放つ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 西洋人はたいてい自分の成功や失敗を口にするとき、自分の財産をひとつの尺度にする。自分の持ち物を尺度にすると、人間の価値とはどれほど財産があるかで決まるのだと考えるようになる。その結果、生活していくうえで、ものが十分にないと私たちはつらい思いをする。私たちはものの奴隷になってしまっているのだ。
 このような生き方を選ぶと、あなたは絶えず不満な気持ちになる。心の底で、あなたはいつも「自分はつまらない、不完全で価値のない人間だ」と思っている。人から高く評価されたいと思いたいがために、あなたはひっきりなしにものを貯めこまなければすまなくなるのだ。
 「財産がないと私には価値がないのだ」と考えだすと、もっと多くのものを手に入れようとして、際限なくものを追い求めることになる。もっとたくさんのものを手に入れようと頑張っているうちに、やがて、あなたは外面的なもので自分の望みを満たすことはできないのだと気づくだろう。
 ものに対して執着している間は、自分を完成した一個の人間だと考えることができない。ものを貯めこみ、自分自身と他人の貯めこんだものを絶えず見くらべるようになる、あなたの人間らしいまなざしは、出会った人の目と心を見ないで財布と持ち物に注がれる。自分の価値と人間らしさをあなたの外面的なものにおけばおくほど、あなたはものにコントロールされ、ものの奴隷になり、苦しむほかはない状態におちいるのである。
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2007年01月08日

今日の学びー27

こだわりを捨てた生き方をすること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 私たちは目に見えるものに執着する。私は執着という言葉を、あるものにしがみつくこと、つまり、人の目や考え方にがんじがらめになって生きているという意味で使っている。だから執着とは、かたちの世界のものだ。私たちはかたちある世界のものを重視するあまり感情的になり、ものにのめり込んでしまう。そればかりか、ものを持っていなければ、根本的な人間性を失うように感じてしまうのだ。
 けれども、私たちの本質は「ものを考えること」にある、「ものを考える」という世界では、たんに物質的なものにのみ執着することは無意味だということをよく覚えておくとよい。執着していたものを、死んでからもふりかえって見ているありさまを想像してみるがよい。あなたが生きているときに執着していたものがどんなにつまらないか、死んだらわかるだろう。
 同じようにこだわりから解放された生き方ということを考えてみなさい。ものや人に執着せずに、超然とした態度をとりなさい。ほんとのことをいうと、たとえどんなわずかなものでも、たとえどんな人であろうとも、自分のものにすることなどできないのだ。あなたが執着するひとつひとつのものが、自覚に満ちた生き方をするためのさまたげになり、個人の幸福や成功の濃度を薄めることになる。ものや人への執着から解放さるるに従い、人生の旅で出会う障害は少なくなる。
 こだわりを捨てた生き方とは、どんな人にもどんなものにも執着する必要がないということであって、ものを持たないということを意味しているわけではない。こだわりを捨てた生き方とは、生き生きとした自由を私たちに与える考え方であり生き方なのである。それはものを必要以上に重要視する生き方から、あなたを完全に自由にするひとつのプロセスである。それはガツガツした生き方ではなく、すべてを自然にまかせた生き方だ。つまり、穏やかにボートを漕いで川を下っていくときの、あのゆったりした気分なのである。
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2007年01月07日

今日に学び−26

豊かさとは、人間が生まれながらに持っている資質なのだ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 つまらない思い込みのせいで、みすみす人生の豊かさをのがしてしまってる人も多い。豊かさとは、ものを持つこと、そしてもっと多くのものを得ようと骨を折ることだと思いがちだが、実は、豊かさとは、私たちが永遠であり宇宙が無限であることを理解することなのである。それは独特のものの考え方だ。
 これから述べる小さな魚のエピソードが、私は昔から好きだ。この話は、この章の内容を見事に描きだしているのである。
 「お願いがあるのです。あなたは僕より年上だし、経験も豊富だから、きっと僕を助けてくれると思うんです。大洋というものが、どこにあるのか教えてください。あちこち全部捜したのだけれど見つからないのです」
 「君が泳いでいるのがそれさ」
 と答えた。
 「え、これですか?でも、これはただの水ですよ。僕がずっと捜しているのは、「大洋」というものなのです」
 と小さな魚はひどくがっかりして言った。

 私たちも豊かさのなかに浸っているのである。豊かさを捜しまわる必要はない。あの小さな魚がどんなに遠くまで泳いでいっても、大洋の外に出ることはないのだ。私たちの宇宙が果てしないように、その魚の大洋も果てしなく広がっているのである。
 あなたがどうゆうふうに生きていくかは、あなた自身が決めることだ。豊かさは、あなたがほしいと言えば、タダであなたのものになる。豊かさはごく少数の人たちが手にするものではない。豊かさとは人間が生まれながらに持っている資質なのだ。あなたが波長をあわせさえすれば、豊かさは必ず目の前にやってくるのである。
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2007年01月06日

今日の学びー25

「反対」といわないで「賛成」という言葉で考える


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 否定的な生き方をしないで、積極的に人生を送ろうと決心しなさい。テロや戦争に反対しないで、平和に賛成しなさい。ひとたび平和を支持すると、あなたは平和に考え、平和的に行動するようになる。こういう言い方をすると、まるで言葉のあやのように聞こえるかもしれないけれど、これはほんとうのことなのである。これから述べることは、あなたが自分のものにしたら、生きていくうえできっと役に立つ考え方である。
 どんなことでも「反対」といわないで「賛成」という言葉でかんがえるとよい。麻薬に反対だからといって反対運動に加わったりせずに、子供たちが素晴らしい生き方を通して満足な気分が味わえるように手をさしのべてあげなさい。子供たちが前向きに生きるよう手伝う大人の数がそろえば、麻薬に頼る子供たちの数はずっと減るはずだ。
 会社の方針に反対するかわりに、改善案を支持しなさい。夫が怒鳴り散らすとかひどく酔っ払うからといって非難しないで、優しいところやしらふのときのよいところを認めてあげなさい。賛成するにしても反対するにしても、あらゆることを伸ばすよう手をさしのべてあげなさい。
 今あなたのしている仕事にも、これと同じことがいえる。もしあなたが物事を改善しようとしないで、ただ上司に逆らうだけならば、あなたは嫌な上司のことばかり考えて、嫌だという思いがますますつのっていくだろう。仕事で嫌なことがあって、あなたがそのことばかり考えていたならば、嫌だと思う気持ちがあなたの気持ちの中心を占め、嫌だと思う感情がますますつのっていくだろう。
 愛の精神に従って毎日の生活を送るようにするならば、豊かな人生が戸口で待ちかまえていることに気づくはずだ。
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2007年01月05日

今日の学び−24

あなたの気持ちしだいで、嫌な仕事も楽しい仕事にできる


ウエイン・W・ダイアーの著書の中の言葉

 仕事への姿勢を改めることで、息詰まるような職場を楽しく変えることができる。それはすべて自分がすることだ。あなたが人のためにもっとつくすことで、職場が楽しくなるかもしれない。そうすることで自分自身も満足感を味わう場合が多い。あなたが木を切り水を運ぶ仕事を、楽しい仕事にも嫌な仕事にもできるのだ。すべてはみんな自分しだいなのである。
 仕事や生活環境が退屈で、マンネリ化していて、嫌だ嫌だとどんなに思っていても、その事実はあなたの心にある考え方に他ならない。あなたが今している仕事を行い、その仕事に喜びをもたらし、やりとげられる人が、この世の中には必ずいるのだ。
 美しい中国人女性が毎週我が家の掃除に来てくれる。彼女を見ていると、この教訓の意味がほんとうによくわかる。彼女は人の嫌がる雑用をニコニコしながらこなしている。彼女は仕事の手を休めて子供たちの相手をしたり、中国のちょっとしたものを子供たちのおみやげに持ってきてくれたりして、我が家に仕事を喜々としてやっているのだ。私たちにとって、彼女は、とても貴重な存在である。
 私は彼女を見るたびに、同じように他人の家の掃除をしても心の持ちようで、楽しみにもなれば、惨めな気持ちにもなるのだということを教えられる。気持ちが滅入るには、仕事に原因があるのではなく、人間の方に原因があるにである。
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2007年01月04日

今日の学びー23

「仕事の不満」の根本原因はあなたの心の内にある!


ウエイン・w・ダイアーの著書のなかの言葉

 次の教えは、この項でわたしが述べようとしていることを総括している。
        悟りを開くまえは
        木を切り
        水をはこぶ
        悟りを開いたあとも木を切り水をはこぶのである

 悟りを開くことは日常生活にはほとんど関連がないけれども、日常生活をどうとらえるかにおいては、おおいに関連がある。同じように木を切ったり水をはこんだりしても、悟りを開いた人は、もう木や水や自分の運命を呪いはしない。仕事であれ、他のことであれ、現在自分がしていることを嫌がる必要はないのだ。その気になりさえすれば、あなたは今の仕事を好きになれる。嫌だと思うから嫌になるのだ。
 汚れたオムツを一日二十回取り替えるとか、トイレの掃除をするとか、ごみ収集をするとか、伝票の整理をするとか、何も決まらない委員会にまる一日出席するとかが、嫌になる原因ではない。周囲の事情は関係ない。嫌だと思う気持ちは、外の世界にあるのではなく、あなたの内にあるものである。
 今日から仕事の姿勢を変えなさい。そして、人生が豊かになるようにしてみなさい。そうすれば、あなたはいままでとはまったく違ったものの見方で仕事ができるようになる。これは天才ででないとわからないというような難しい問題ではない。あらゆる「危険」を犯しても、転職して最高の満足感を仕事から得るか、同じ仕事にとどまって仕事に対する姿勢の方を改めるか、そのどちらかを選ぶだけのことだ。
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2007年01月03日

今日の学びー22

好きな仕事をすること、仕事を好きになること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 好きな仕事も、豊かな生活も両方望んでいるからといって、わたしは中途半端な考え方をしているつもりはないのだ。人生を豊かに生きるためには、あなたは好きな仕事をし、自分の仕事を好きになるように、自分を変えていかなければならない。今すぐに、もちろん、今日から! これはそれくらい大切なことなのだ。自分の好きな仕事をすることは、あなたが豊かになるための大原則なのである。
 ロバート・ルイス・スティーブンソンは、「成功とか名声のことは別にして、自分の携わっている仕事の内容が好きならば、それは天職なのである」と述べている。


 自分に誠実でなければ、充足感を得ることはできない。そして、肉体も魂も両方が大切なものということがわたったとき、はじめて自分らしい生き方ができるようになるのだ。
 もし仕事が嫌だったり、仕事に関心がもてなかったりするならば、自分の生活は、自分らしい生活からかけ離れた、にせのもになってしまうのである。 つまり、あなたは自分がほんとうに考えていることとは矛盾した行動をとっているからだ。もしこういう生き方を長い間続けたら、あなたは人生で満たされない思いばかりを味わうことになるだろう。なぜなら、それはあなたが自分を不完全な人間だと思っているからだ。
 自分の好きな仕事をすること、そして今の仕事を好きになること。この2つのことを実行しなければ、あなたは悪循環に陥って抜け出せなくなる。
 
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2007年01月02日

今日の学び−21

ものごとはよいほうへ、よいほうへ考えること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 もし、自分に興味のあるものがあれば、それについて真剣に異取り組み、そこからおおいに実をあげるべきだ。例えば、あなたに若干の借金と財産があるとしよう。もし、あなたが自分の財産のこだけ集中して考えれば、きっとその財産を殖やすことができる。すべての財産がたった500ドルしかなくて、借金が500ドルもあるとしても、持っている500ドルのことだけに目を向ければ、あなたはその500ドルで何かを始めることができるし、殖やすこともできるのである。
 逆のことも言える、もしあなたが借金のことばかりを考え、どれほど自分が貧乏かということだけに気をとられていると、そういう悪い面が現実にどんどん広がっていく。病気の場合もそうだ。風邪を引いたとき、風邪のことだけを話題にし、人に会うたびにどんなに具合が悪いか愚痴ばかりこぼしていると、風邪はもっとひどくなる。けれども、あなたが自分は元気だと考えるようにして、他人にも「気分爽快だ」などと言っていると、あなたはだんだん元気になっていく。
 こうゆうふうにして、私たちは日々自分の考え、ものの見かたに動かされて行動しているのだ。そして、こうした考え、ものの見かたが文字通りわたしたちの毎日の生活経験をつくりあげている。だから、もし私たちが人生のエネルギーを「足りないこと」ばかりを考えるのに使ったとしたら、実際に生活していくうえでもっと「満ちたりない思い」を味わうようになるのだ。


 あらゆるものは十分にあり、私たち誰もが豊かさを楽しむことができるのだと信じ、豊かな気持ちで毎日を過ごしていれば、あなたはきっとあなた自身にも他人にも広い心で接することができるようになる。こうゆう考えかたは、財産、個人の幸福、健康、学問など、あらゆることを自分のものにする場合に役に立つ。
 豊かさとは宇宙のあらゆるところにいきわたっているのけある。豊かさにもし限界があるとすれば、それは私たちが勝手に限界があると信じて自分でつくりあげた限界なのである。
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2007年01月01日

今日の学びー20

謹賀新年

私たちが豊かさを信じるからこそ、現実に豊かになるのだ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 豊かさとは、私たちがこしらえるものではない。豊かさを認識して、私たちがそちらに向かっていくものだ。もし何か足りないものがあると信じ込んで、人生の豊かさをほんの少ししか期待しないとしたら、私たちは人生の豊かさをほんの少ししか経験しないで終わってしまうだろう。
 豊かさと繁栄を手にするのはふさわしいことだというふうに考えれば、著しい変化があなたに起こる。まず。何が私たちにふさわしいかという認識が変わってくる。それから、徐々に私たちの行動が変わってくるのだ。そのうち、私たちがほしいと思うものは、どれをとっても以前からここにあるのだと知って、豊かさを信じるようになる。
 私たちが信じるからこそ、現実に豊かになるのだ。何度も言うようだが、私たちの気持ちを集中させると、そのことを伸ばしていくことができるようになる。


 この無限で完璧な宇宙の中で、あなたは神聖な存在である。かけがえのない存在なのだ。ウォルト・ホイットマンが明らかにしているように、「宇宙の全理論はたったひとりの個人、つまり、あなたにぴったりと向けられているのだ」。これは利己的な声明ではない。ホイットマンの世界観から見ると、まったくもって正しいのである。
 あなたは人類であるいっぽうで、ひとりの人間だ。全人類のひとりひとりの人間と同じように、あなたは完成された人間としての完璧な価値を持っている。完璧だから、あなたの値打ちは計り知れないほど豊かである。人間をしのぐほど完璧なものは他にないし、人間ほど価値のあるものはほかにないのだから。
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2006年12月31日

今日の学びー19

不平をかこつ生き方から抜け出す


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 身の上話を聞いてみると、「口先だけでなくほんとうにお金が足りないんだ」とか「子供たちに着せる服がないというのに、どうして豊かさなんか信じられるでしょう」とか「豊かならもっと幸せなんだけれど…」という人がたくさんいる。そういう人は、運が悪いから豊かな生活が送れないのだと信じ込むばかりで、そう信じるのは、足りない足りないと自分で思うからだということは認めようとしない。けれども、足りない足りないと思って生きているかぎり、人生は絶対に豊かなものにならない。
 不足をかこつ生き方から抜け出す方法は、すべて私たちが毎日生活しているこの場で見つけることができる。このことを知ってさえいれば、さまざまな場面で私たちは豊かさに出会っていることに気づくだろう。
 貧しい生活から抜け出して豊かな生活を送っている人は皆、この宇宙には限界というものはないと信じ、その信念を実践した人なのである。ではどうしたらこの「満ちたりない思い」をぬぐいさることができるのだろうか。 

 「いつも何か足りない」と考えるかわりに、まず手始めに、あなたの持ち物全部に感謝の気持ちを抱きなさい。感謝といっても、無意味な見せかけだけの感謝ではないのだ。心からの感謝の気持ちを持ちなさい。五体満足であること、そして、今こうして生きていることに感謝しなさい。
 足りないもののことばかり考えないで、今自分の中にあるもののことを考えてみなさい、足りないものは何もない。完璧な宇宙に欠けたものなどないのだから。飲み水、温かい日差し、空気など、あらゆる授かり物に感謝の気持ちを持つならば、あなたは心豊かで人間らしい気持ちに包まれるようになる。感謝の気持ちを表すいっぽうで、感謝する対象をどんどん増やすようにしなさい。友達、衣類食べ物、財産など。そして、自分の人生でめぐりあったあらゆるものに感謝の気持ちを持ちなさい。鉛筆、フォーク、椅子などにいたるまで、必要なときに、こうしたものが使えることに、深く感謝しなさい。物を使うときには、社会から一時的に貸してもらっているのだと考えなさい。あなたが出会うすべての人とすべてのものに感謝の心を抱くようにつとめていくことが、あなたの欠乏症をとりさる、一番の早道なのである
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2006年12月30日

今日に学び−18

alone と all one を結ぶ love


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 人生であなたが出会う人は、すべてみんな自分の師だと思いなさい。人間関係を見ると、パートナーとして長続きしている場合、対照的な性格の組み合わせからなっていることが実に多い。これは決して偶然ではない。私たちは、たいてい自分にないものを持っている人に惹かれるのである。
 他人の行動をとやかく批判せずに、人はあなたを映すものだと考えて、他人から何かを学べることはないかと自らに問いかけてみなさい。あなたのまわりにいる、一見あなたと対照的な人、敵を好きになりなさい。その人たちの生き方が、あなたへの贈り物だと思って大切にしなさい。あなたを一番苦しめている人たちこそ、あなたが自分に欠けていると感じるものを思い出させてくれる人、つまり味方なのだ。無関心でいたいと思いながらも、つい反応してしまうのは、あなたの心に何か引っかかるものがあるからだ。それは相手の問題ではなく、あなたが学ばなければならないものなのである。
 そういうものの見方をしていくと、あなたはどんな場合にも自分の役割に疑問を持ったりしなくなる。あなたは、まず、自分の内面的な生活において、次に家庭や個人的な関係、さらに、仕事やコミュニティ、その他あらゆる対外的な生活において、愛情を生み出す原動力になるのである。
 あなたは生きとし生けるものすべてに感謝の念を抱くようになる。三つの言葉が、私たちの見えない関係を象徴している。その言葉とは“alone”(孤独な)と“all one”(すべてひとつ)である。この語を区別しているのは、ひとつの文字“l”で“l”は“love(愛)”を表していると私は思う。“all one”と“alone”とは同じこと
なのである。宇宙のあらゆる細胞には、一体感と共に孤独感がある。あなたはたったひとりの存在であると同時に、すべてのものと一体なのである。
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2006年12月29日

今日の学びー17

自分で気づかぬ「言葉の暴力」ほど恐ろしいものはない


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 一緒に暮らしている家族のおかげで、あなたは毎日人間らしい気持ちを味わうことができる。もし、あなたがこの愛する人たちに言葉の暴力を振るっていると気づいたなら、あなたは愛する人たちもあなたと同じ人間性を持っているのだと考えなさい。
 もしあなたにプライドがあれば、そのプライドはあなたが愛している人に捧げなさい。もしあなたが自分を卑下したら、それはあなたの親しい人たちへの態度に表れる。子供の言葉や行いについていけないと思ったら、、子供と自分とをつなぐ見えない絆を想像してみることだ。子供たちの行動は自分の行動であり、またその逆ともいえる。そして、そう思うからこそ、私たちは子供たちにより深い思いやりと愛情を注ぐことができるのである。考え方が違うからといって、人を排除してはいけません。
 あなたが敵だと思っている人たちについて考えてみよう。ここでも今までと同じ論理と考え方が当てはまる。見かけや住んでいるところ、考え方が違うからといって、人を排斥してはいけません。しかし、だからといって、あなたが愛国心のない人間になるわけではない。あなたは母国を愛しているからこそ、子供たちが平和に暮らせるよう国が存続してほしいと思うのだ。これは、私たちがみんな一体であることを確かめて、わたしたちの力の及ぶかぎりの最善を尽くすことを意味しているのである。丸い地球上で、人間は敵と見方に別れることはできない。それは全体的な展望を持つかどうかの問題だ。そうする内に、あなたは無限の展望、つまり、すべてのものはひとつに結ばれているという考えを自然と理解することができるのである。
 あなたが組織のなかで指導的地位にいるなら、いっしょに働いているひとりひとりが全体への気配りができるかどうかは、本人に任せておきなさ。そして、指導者の評定、利益配分、奨学金などのかたちで貢献した人を表彰しなさい。必要以上に分類したり専門化することはやめて、個人が全体の役に立つように心がけなさい。ひとりひとりが全体のためになるように工夫し、個人が全体に影響を与えることを理解させるような教育プログラムをつくりなさい。どんな単体においても、個々の細胞は、単体全体の健康に貢献しているのである。ひとりひとりの個性と全体を把握する感覚は相互に相容れないように見えるけど、これはいつも互いに補い合っている。この働きを踏まえたうえで指導していくことが、絶対に必要なのである。
 「汝の敵を愛せよ」-これはキリストの言葉である。どんな憎しみでも、たとえ一見正当化されそうな憎しみでさえも、人を憎むということは、それだけで、人間を破壊させるガンなのである。相手がどういう人であろうとも、誠心誠意愛情をそそいでみなさい。そうすれば私たちは、どんな人とでも喜びや悲しみを共有することができるのである。
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2006年12月28日

今日の学びー16

自分が孤独だと考えるのはやめること


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 自分が孤独だと考えるのはやめなさい。出会う人はどんな人でもあなたとつながっているのだと思いなさい。いったん“すべてのものがひとつに結ばれている”という視点からものごとを見ると、人に腹を立てたり、意地悪したりするなどということは、他人に対してというよりは自分に対してするような気持ちになって、だんだんできなくなってくる。
 あなたは、実際にあったり、会わなくとも話しに聞いたりしたすべての人とつながりがあるのだと思いなさい。あなたが人から離れたいなどと考えなければ、ひとりぼっちのときに感じる不安などはすっかりなくなってしまうだろう。
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2006年12月27日

今日の学び−15

自分の世界の広さは「心の広さ」に比例している


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 「すべてのものがひとつに結ばれている」という考え方を日常生活に生かすならば、私たちは人類の一部分をになっているのだと意識するようになる。私たちは人類という点でみんな一体であり、私たちの行動のひとつひとつが人類というひとつの体,一個の存在に、何らかの方法で影響を与えているのだという意識を持つようになるのだ。
 すべてを見わたす広い視野に立ってみると、みんなが一体であるということがはっきり見えてくる。世界をリードする真に偉大な人たちは、私たちが分裂したまま生き続けることなどできないことを知っているし、分裂の原因が何であれ、人類の分裂がなんらかのかたちで、人類全体を破滅させる一因になっていることを知っているのである。
 すべてのものがひとつに結ばれていることを自覚し、ひとりの人間として、全体のことを大切に思って行動するなら、私たちは国や人類をより繁栄に導くことができる。全体のことを頭に置かずに行動すると、私たち自身が全体を滅ぼす原因ともなり、全体を滅ぼす過程で自分自身をも滅ぼすことになるのである。
 すべてのものがひとつに結ばれていることを理解するのに、難しい訓練はいらない。心のバランスがとれていれば、外の世界を見るときも、広い視野からものを見ることができるようになる。心のバランスを自分のなかに発見し、それを持ち続けるように努力すれば、私たちはひとつの「宇宙」を求めながらも、自分自身も成長することができるのだ。
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2006年12月26日

今日の学び−14

気配りのできない人間は「ガン細胞」に等しい


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 私たちは、自己改革した人にとって時間は概念ではないのだということをよく心に刻み、会社を時間を超えた全体として身なければならない。今日、社員からザツな扱いを受けた客は、将来、それが数日間か、数週間か、数年間にわたるのかわからないが、いずれにしても全体に悪い影響をあたえるということを、真のリーダーはわかっている。不愉快に思った客は、そのことを他の一人にしゃべり、その不満を聞いた人も、将来、会社全体に悪い影響を与えることになる。
 典型的な部下タイプの人は、客がまた来るかどうかなどということは全く考えない。「私の関心は、この仕事を早く切り上げて早く帰宅することと、給料を毎月もらうことだけなのです」ということが態度に表れている。
 このように自己中心的な見方しかできない人は、無愛想な応対を受けた客が、その次はライバルの店を選んでしまい,もうこの店には来てくれないかもしれないと心配する気持ちがまったくないのである。病気の細胞が、結局はすべての細胞を食い尽くしてしまうように、全体への気配りを持たない社員がいると、結局は会社全体がダメになってしまうのだ。もしあなたが人事採用担当者立ったら、人を雇うとき、次のような点をチェックしてみるとよいだろう。
 これから採用しようとする人が、自分を全体の一員だと考え、個々の行動が全体の影響するのだということを自覚していたら、そういう人は将来リーダーになれそうな人である。リーダーとは、人の行動のひとつひとつが全体にどんな影響を与えるかに油断なく気を配ることができる人である。きゃくのひとりひとりに対応するさい、はじめに誠意を持って対応するかどうかで会社の将来が決まることを有能なリーダーなら知っている。全体への配慮のない人たちに出会うと,私は会社全体が危ないと感じるのだ。「私は大切な客だ」という印象を与え、客のためならどんな部署にでも自分から行ってくれる社員こそ「もう一度この会社に来たい」という気持ちを抱かせる社員である。会社のメンバーとは、全体のなかでバランスよく働く細胞のひとつであり、現在も、そして未来においても、体全体を効率よく動かす存在なのだ。
 私たちは、家族という単位のなかでも、ひとりひとりが独立した人間であると同時に、協力しあって家庭というひとつの単位を構成する必要がある。これは、コミュニティ、都市、州、国、人類についても同じことが言える。
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