2007年02月02日

今日の学び−52(完)

すべてをゆだねて生きるということ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 「すべてをゆだねて生きる」ということを述べて、この本を終わりにしたい。「すべてをゆだねて生きる」とは、他人や組織やある特定の思想にコントロールされるという意味ではない。私が「すべてをゆだねる」という場合、宇宙の大きな働きを信じ、素直に自分自身を、宇宙の営みにすべてをまかせるという意味である。
 すべてをゆだねて生きると、人を許すのが楽になる。私たちは皆同じ道を歩み、さまざまな人生のなかで、それぞれの役目を果たしているのがわかれば、人生のシナリオを演じている人に敵意を抱くことはできない。
 さらに、あらゆる人があなたの人生に、どこかで関わっていることに気づくだろう。知り合いから、ひどく迷惑を被ったり苦しめられたりしても、すべてをまかせて生きていると、その人からいろいろ勉強させてもらったと思うようになる。
 宇宙にすべてをまかせて生きてこそ、人が許せるのである。あなたがすべてを宇宙にゆだねて生きていれば、納得できないほど辛く苦しいことが、何故この世に起こるのかと疑問に思わなくなる。
 すべてをゆだねて生きることは、許すことよりも上の段階である。だから、「すべてをゆだねて生きる」ということは、この章だけの問題ではなく、この本全体に関わっている問題なのだ。
 すべてをゆだねて生きるという大変なことをやり抜くには、その影に宇宙への信頼感が欠かせない。完璧で美しい宇宙を信じるからこそ、あなたは宇宙にすべてをゆだねて生きることができるのだ。
 この本を書き進めるうちに、私はすべてをゆだねて生きる術を知った。本を書いている最中、精神的に緊張したり、あれこれ心配したり、本が完成しないのではないか不安になったりしないで、自然の成り行きにまかせた。この本は完成するのだと考え、そう信じて力の限りを尽くしたあとには、すべて成り行きにまかせた。
 本に必要な資料はどれもタイミング良く手に入った。ある章を書いているとき、私の講演を聞いた人が、「本の役に立つでしょう」というメッセージを添えて、テープを送ってくれた。テープは役に立った。またあるときは、「この本を読まなければいけませんよ」といって本を送ってくれる人がいた。その本は、届いたそのちょうど当日に必要な本だった。
 実は、何度もそんなことがあったのだ。引用したいところがあるとき、とてつもなく大きな机仁山積みになっている本やパンフレットに手を伸ばして,手に触れた本を一冊抜きだした。パラッとページを開くと、ちょうど引用したい箇所だった。 
 努力しないでこんなうまい目を見ることは、これまで一度だってなかった。私は宇宙にすべてをゆだねてこの本を書いた。何のトラブルも心配もなく、仕事は順調に進んだのである。
 だからといって、私は、計画を立てたり気配りをしたりする必要がないといっているわけではない。まったくその逆である。実際には、以前より周到に準備をし、気配りをしている。協調する気持ちを持っていれば、すべてうまくいくのだということがだんだんわかっていく過程を私は述べているだけだ。


最後に

 あなたは愛と心の安らぎを持って、人に与えればよい。生きているときに、すべてはなるようになるものだということを心得ていればよいのだ。すべてをゆだねて生きるということは、次のようなことだ。それは心で知ること。自分と調和している宇宙の営みを信頼したときに、あなたが感じる満足感。私たちは生まれながらに豊かに暮らす権利を持っていること、そして、自然体のほうがかえって豊かになることを知るのである。
 私たちは誰もが自分の内面と深い関わりを持っている。命とは、肉体が露と消え去って終わるものではなく、実はもっとずっと深いものなのだ。
 考える力とは不思議なものだ。考えることで、私は境界も限界もないところに行ける。考えるというかたちのない世界では、どんなことでもできるのだ。
 あなたがもし、ダイナミックな仕事をし、エネルギーで自分をいっぱいにして、外見だけでなく心も大切にしているならば、私は既に素晴らしい人生を送っているあなたに、何も言うことはない。 
posted by curl at 09:31| 心の問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月01日

今日の学び−51

見返りをまったく期待しないで人に与えるということ


ウエイン・W・ダイアーの著書のなかの言葉

 これまで私は、自分の本をたくさん人にあげてきた。そして、私は人にものをあげることがどんな意味を持つかがじつによくわかった。人にたくさんあげればあげるほど、豊かな気持ちになり、富がころがりこんできたのだ。あげるのも、もらうのも、結局は同じことなのだ。私が贈り物をすると、必ずお返しがきた。人にあげているうちに、大きな変化が起きていることに気づいたのである。
 人にあげるということは、想像もしなかったところで私の人生を豊かにした。ある晩もの思いにふけっていたとき、私は人に与えるためにここにいて、人にあげるもののうちで、一番大切なのは愛なのだと気づいたのである。
 「無限の幕間」のなかでジョエル・ゴールドスミスは次のように書いている。
 自分自身のように隣人を愛するということは、見てくれがどうであれ、自分と同じ清らかな人格を、隣人も持っているのだと認めることである。隣人は、不義をおかした女性かもしれないし、十字架にかけられた盗人かもしれない。けれども、そんなことは私たちには関係ない。私たちに関係があるのは、本質を知ったうえで、すべての隣人を愛することなのである。それは、私たちの見かけがどうであれ、ほんとうの自分を知ってもらいたいと、私たちが思うのと同じことだ。

 まず手はじめに、痛みや悲しみや怒りでもがき苦しんでいる私たち自身をいとおしく思い、同情することだ。私たち、みんなの心には愛がある。だからこそ、私たちを苦しめる人さえも愛せるのだ。
 苦労したことへの見返りをまったく期待しないで人に与えることが、すばらしい人生にいたる最短コースである。矛盾しているようだが、あなたが見返りを期待しない限り、もっともっと多くのものを受けとるだろう。そして結局、あなたは与えることと受けとることは同じであることを発見するのである。
posted by curl at 09:09| 心の問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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